口から食べる ~口腔ケアの重要性~(平成27年7月号より)
はじめに
口に中には約300~500種類もの細菌が生息しているといわれています。特に歯垢(デンタルプラーク)は、細菌のかたまりであり、歯垢1g中に1000億個の細菌を認め、便1gと同じぐらいであるといわれています。健康な人では、虫歯や歯周病になる程度ですが、病気や治療で免疫機能が低下している方や高齢の方では、口の中の細菌によってさまざまな病気や合併症を引き起こすことが報告されています。誤嚥性肺炎、動脈硬化や虚血性心疾患、感染性心内膜炎、糖尿病、早産・低体重児出産などの妊娠トラブルなどと関連するといわれています。(図1)
それらを予防する口腔ケアは、非常に重要であることが広く認知されてきました。例えば、徹底した口腔ケアを行うことで誤嚥性肺炎が減少すること (図2)、人工呼吸器関連肺炎(VAP)の予防にも有効であることが報告されています。
口腔ケアとは
口腔ケアとは、口腔清掃、歯石の除去、義歯の調整・修理・手入れ、簡単な治療などにより口腔の疾病予防、摂食・嚥下・会話などの口腔機能の維持・回復、健康の保持増進、さらにQOL(生活の質)の向上を目指した技術のことをいいます。
がん患者における口腔管理
手術、抗がん剤治療、放射線治療などのがんの治療を受けられる患者さまの口腔内の管理を行うことで、口の中のさまざまなトラブルを防止し、がん治療の治療成績の向上につながります。また、手術前後で口腔ケアを行うことにより入院日数が短縮したことも報告されています(図3)。
手術
全身麻酔では、口から気管チューブという管を入れて人工呼吸を行います。口の中の環境が悪いと、口の中の細菌が気管チューブを介して肺に侵入することで肺炎を引き起こす危険性が高くなります。また、消化器系の病気の手術では、口の中の細菌が唾液や食べ物の飲み込みで咽頭や食道に運ばれて創部感染を起こしたり、口の中の細菌が血管内に入り込み、胃や腸などに到達して感染を起こすこともあります。このような肺炎予防、創部感染予防のために手術前からの口腔ケアが重要です。
抗がん剤治療(化学療法)
抗がん剤治療の副作用の一つに口内炎があります。口内炎は、重症化すると、食事摂取が困難となり、栄養不良や発熱等を引き起こすこともあります。抗がん剤治療を受ける前から、口腔ケアを開始し、継続することで口内炎の重症化を予防できます。
放射線治療
頭頸部の放射線治療を受けると、口内炎、口腔乾燥、虫歯の多発等が起こりやすくなるため、治療前から口腔ケアを行うことが必要です。また、顎骨(あごの骨)の骨髄炎を起こすことがあり、治療後の抜歯は非常に危険です。放射線治療前に抜歯しておくことが必要です。
がん終末期における口腔ケア
がん終末期では、全身状態の悪化、セルフケアの不良などにより、さまざまな口腔トラブルを起こします。口腔乾燥、口臭、口腔カンジダ症、口内炎、味覚障害等があげられます。口腔内の保湿、口腔内の汚れ(痰、痂皮、舌苔など)の除去、ブラッシングなどの口腔ケアを行うことで、QOL(生活の質)を向上させ、疾患の経過そのものにも良い影響を与えます。最期まで家族と話ができて、少しでも口から好きなものを味わうことで、尊厳のある最期を迎えるためにも口腔ケアは必要であると考えます。
ビスフォスフォネート製剤による顎骨壊死
ビスフォスフォネート(BP)製剤は、骨粗鬆症、悪性腫瘍による高カルシウム血症、骨転移の治療薬として多くの患者さんに使用されています。飲み薬では、ボナロン、ベネット、アクトネル、ボノテオといった薬剤があります。注射薬では、ゾメタ、アレディアなどの薬剤があります。これらの薬剤を使用している患者さんにおいて、顎の骨に炎症をおこし、壊死することがあります(図4)。報告された症例の多くは、抜歯等の外科的処置や局所感染に関連して発現しています。
また、BP製剤とは作用機序が異なりますが、骨転移の治療薬のランマークでも、顎骨壊死の報告があります。
BP製剤を服用する前には、抜歯、歯周病の治療、義歯などの歯科処置を前もって行っておき、投与後も定期的に歯科医院を受診し、歯石除去、歯周病の治療、虫歯治療などを行う必要があります。尚、歯科治療が終了するまでBP製剤の投与を延期することもあります。
口腔ケアの内容
手術や抗がん剤治療を受ける患者さんには、以下のような治療を行っています。
・口の中の歯周病の精査と歯科衛生士による歯石除去、ブラッシング指導などの専門的な口腔ケア。
・保存が困難な歯の抜歯。
・手術後、抗がん剤治療中の口に中の衛生管理。
退院後にも引き続き口の中の管理が必要な場合は、かかりつけの歯科医院で治療をお願いしています。
最後に
当院では、患者さまの治療が円滑に行われるように地域の歯科医院とも連携して対応しています。特に入院中は、当院の歯科口腔外科で対応していきますので、口の中のことでお困りのことがあれば、気軽にご相談ください。
歯科口腔外科医長 田野智之