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疥癬-かいせん-(平成24年3月号より)

皮膚の病気の中には、たまに「うつる」ものがあります。その代表的なものが疥癬です。疥癬は、「ヒゼンダ二」(疥癬虫)というダ二の1種によって起きる病気です。このダ二は、人間の角層(垢の層)の中に住みついて生活します。ダニがヒトに寄生して3~4週間すると、体のあちこちに強いかゆみを生じ、赤いぶつぶつも生じてきます。

とても強いかゆみがあって、小さな赤いぶつぶつが沢山出ているときに疥癬を疑いますが、赤いぶつぶつの部分の角層には虫を探してもなかなか見つからないことが多いものです。ヒゼンダ二が体に寄生している時には、手や、わきや、陰部をよく探してみると白い筋のようなものがあり、この端の部分の角層を調べてみると虫やその卵がみつかります。この白い筋のようなものは「疥癬トンネル」と言って、ヒゼンダニが卵を産みながら前進していった道筋です。ヒゼンダ二は成虫で0.4mmくらいの大きさで、目のいい人は見えるかもしれませんが、なかなか虫本体を目で見て見つけることは困難です。疥癬トンネルも5mm前後のかすかな筋のことが多いです。

地球上に住むダニには50万種ほどの種類があると考えられており、植物の汁を吸うもの、小型のダ二や昆虫を補食するもの、哺乳動物・鳥などに寄生するものなど、大きさも生態もさまざまです。ヒゼンダ二はそのうちのひとつの非常に小型のダ二で、動物の角層内に寄生するグループ(ヒゼンダ二科)の一員です。他の動物に寄生するヒゼンダ二も幾つか知られていますが、これらのヒト角層内での繁殖は知られていません。

1匹の(ヒト)ヒゼンダ二の雌の寿命は4~6週間ほどで、角層の中でトンネルを掘りながら毎日卵をトンネルの中に産みます。卵は2~3日で孵化し、成虫になるまでにさらに7~10日ほどかかります。卵が成虫になれる確率はあまり高くないようです。

ヒトから離れるとヒゼンダ二は長生きできません。室温21度・湿度40~80%の条件では24~36時間程度生存していることが知られています。気温が低くなると生存率は上がるものの、20度以下では虫の動きはほとんど停止するそうです。ヒトから落ちたヒゼンダ二の移動速度は、1分間で5cm程度です。

ヒトの角層の中にしか住めないヒゼンダ二ですが、疥癬の流行地域の調査では、「少ない洗濯回数」・「込み入った寝室の利用」・「少ない入浴回数」が疥癬にかかる率を高めることが知られています。日本では、経験的に、皮膚と皮膚を長時間接触させる、布団を共有する、枕を並べて寝る、などのことで感染することが知られています。最近の日本では、疥癬は、高齢者を中心に、介護者・家族の間で感染する機会が多くなっています。疥癬の治療には飲み薬や塗り薬があり、患者さんの状況に応じて治療を選びます。2~3日の治療で終了することが多く、卵が孵化する時間を考え、1週間後に再度治療を行う場合もあります。1940年代のボランテイアによる疥癬の感染実験では、無治療で約6ヶ月たった後に疥癬は自然治癒し、2回目はきわめて軽症になるか発症しない、という結果が出ていますが、このボランテイアは若く健康な人だったのではないかと思われます。高齢な方や抵抗力の落ちた方では、通常の治療を行っても治りが悪く、治療を何回も繰り返して行わないといけないことがあります。

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なお、ヒゼンダ二はシーツや肌着に落ちることもありますが、これらは通常の洗濯で除去できます。使った布団も普通に埃を落とすのみでよく、室内も普通の掃除で十分で、殺虫剤の噴霧も必要ありません。

疥癬は、若い健康な人では、強いかゆみやぶつぶつが主な症状ですが、高齢になったり、抵抗力が落ちたり、免疫抑制剤を使っていたりすると、かゆみやぶつぶつが減り、典型的な症状を示さなくなっていきます。抵抗力の非常に少ない高齢者では、まれに角化型疥癬といって、全身のがさがさした皮疹や手足の垢の増殖という、変わった症状の疥癬を生じることがあります。この型の疥癬では、寄生するヒゼンダ二の数が桁違いに多くて感染力が非常に強いので、角化型疥癬の場合は、患者さんを一時的に隔離し、患者さんと接する場合には手袋やガウンを着用するなどの接触予防策をとる必要があります。

皮膚科部長  森下佳子