呼吸器診療の最新の話題
呼吸器内科・腫瘍内科所属の長門直です。呼吸器科は内科の中でも検査並びに治療が著しく進歩している領域です。各疾患別に最新の話題を簡潔に述べていきたいと考えております。
「気管支喘息」
① 2013年に呼気NO(一酸化窒素)測定が保険適用となりました。呼気NOは喘息に比較的特異的なバイオマーカーとされています。呼気NO濃度は気管支喘息や咳喘息で上昇し、他の気道疾患では通常上昇しないとされています。
② 2015年に気管支サーモプラスティ(温熱療法)が承認されました。重症喘息患者に適応とされています。高周波エネルギーを気道壁へ通電加熱し気道平滑筋を減少させてその収縮能力を抑制することで治療します。
③ 2016年に喘息治療用生物学的製剤として、抗IL-5抗体であるメポリズマブ(製品名:ヌーカラ)が承認されました。なお、生物学的製剤とは、最先端のバイオテクノロジー技術によって生み出された医薬品のことです。それまでは抗IgE抗体であるオマリズマブ(商品名:ゾレア)がありましたが、通年性吸入抗原陽性患者しか適応がなかったのに対して、本剤は抗原にかかわらず使用できます。
「間質性肺炎」
2015年に特発性肺線維症に対してニンテダニブ(商品名:オフェブ)が承認されました。これは分子標的治療薬とよばれる種類の薬剤です。なお、分子標的治療薬とは、疾病に関連する特定の遺伝子やタンパク質(受容体等)に作用し、その機能を抑えることにより治療効果を発揮します。ニンテダニブは、肺の線維化に関わる複数の受容体に結合することで病状進行を抑制すると考えられています。
「肺癌」
唐突ですが、プレシジョン・メディシン(Precision Medicine:精密医療)という言葉を御存知でしょうか?これは、患者の個人レベルで最適な治療方法を分析・選択し施すこと、最先端技術を用いて細胞を遺伝子レベルで分析し適切な薬を投与し治療を行うことを言います。簡単に言うと、各個人に応じたオーダーメイド治療です。以前は、肺癌患者に対して出来る内科治療の選択肢は限られていましたが、現在、プレシジョン・メディシンの考えに基づいた研究とそれに基づいた新薬の開発によって、肺癌治療が大きく進歩しています。
ここ最近の肺癌治療薬とその作用について説明します。
① 上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬:先程、間質性肺炎のところでお話しした分子標的薬に属する薬剤です。この薬剤の作用機序を簡単に説明していきます。細胞増殖のシグナル(信号)を伝達する上で重要となるチロシンキナーゼという酵素があります。このチロシンキナーゼを活性化させる上皮成長因子受容体(EGFR)に上皮成長因子が結合し、チロシンキナーゼが活性化→増殖シグナル伝達により細胞増殖がおこります。非小細胞肺癌ではこの受容体に変異がおこり、常にチロシンキナーゼが活性化した状態になり、癌細胞が増殖していくと考えられています。EGFRチロシンキナーゼ阻害薬はこの受容体を選択的に阻害することで増殖シグナルを抑え込み、癌細胞の増殖能を低下させ治療効果を発揮します。現在、ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)、エルロチニブ(商品名:タルセバ)、オシメルチニブ(商品名:タグリッソ)が承認されています。2016年に承認されたオシメルチニブは、EGFR T790M変異陽性を持ちゲフィチニブやエルロチニブに治療抵抗性のある非小細胞肺癌の治療に有効とされています。
② ALK阻害薬:非小細胞肺癌の患者さんの一部はALK融合遺伝子を保有しており、この遺伝子が癌細胞の増殖に関与していると考えられています。ALK阻害薬は、このALK融合遺伝子を阻害する薬剤であり、クリゾチニブ(商品名:ザーコリ)、アレクチニブ(商品名:アレセンサ)、セリチニブ(商品名:ジカディア)が現在承認されています。2016年に承認されたセリチニブは、クリゾチニブに抵抗性または不耐容の患者さんに対して使用出来るALK阻害薬です。
③ 免疫チェックポイント阻害薬:チェックポイントとは検問という意味です。
免疫細胞が活性化して病原体や癌細胞と戦うことは大切ですが、免疫が過剰に高まると自らの細胞も傷つけてしまうので、ある程度で自ら免疫細胞にブレーキをかけて、免疫のバランスを維持します(免疫チェックポイント)。ところが、癌細胞はこのブレーキ機能を逆手にとり、免疫が癌細胞を攻撃する力を抑え込んでしまいます。免疫チェックポイント阻害薬は、これを阻止する薬です。現在、ヒト化抗ヒトPD-1モノクローナル抗体(抗PD-1抗体)として、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)が2015年に、ペンブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)が2016年に承認されています。
④ 血管新生阻害薬:細胞の分裂・増殖には栄養や酸素が必要ですが、特に癌細胞は無秩序な増殖を行うため、大量の栄養・酸素を必要とします。そこで、癌細胞は自ら新たな血管を作り、多くの栄養や酸素を得ようとします。血管を新たに作ることを血管新生と呼んでおり、癌細胞は活発に血管新生を行っています。この血管新生にVEGFR(血管内皮増殖因子受容体)が関与していることがわかっています。そこで、VEGFRを阻害することによって血管新生を抑え、癌細胞への栄養や酸素の供給を断つことで治療効果を発揮する薬剤のことを血管新生阻害薬と呼んでいます。ベバシズマブ(商品名:アバスチン)に続いて、2016年にラムシルマブ(商品名:サイラムザ)が承認されました。
以上挙げたように、治療の進歩に伴い、以前より遥かに呼吸器疾患治療の選択肢は多くなり、今後も更に増えることが予想されます。当科も病院理念に基づいた患者さんに寄り添う診療を実践するように常々研鑽を続けていきますので今後とも宜しくお願いします。
感染症内科部長 長門 直