後鼻漏について
平成29年4月に耳鼻咽喉科医長に就任しました西田直樹と申します。中国中央病院に赴任する前は岡山県北の新見市の病院に勤務していました。新見市に比べますと、福山市北部は人口も多く感じ、また若い世帯も多いように思いましたが、ご高齢の患者さんも多くおられ、また以前生活していた新見市の隣町になる、広島県東城町や神石高原町からも当院を受診される患者さんもおられ、当院の医療圏が広いことを実感しております。毎週月曜日、木曜日に岡山大学病院耳鼻咽喉科教室から先生が診療に来ていただき、私、西田は火曜、水曜、金曜日に外来診療を行っております。常勤医師が一人ですので、対応できる疾患は限られておりますが、当院ご入院中で耳鼻咽喉科的な問題を抱えられている患者さんや、近隣の医療機関の先生方や地域の患者さんのために、微力ながら貢献していけたらと考えております。
先程、ご高齢の患者さんが私の予想よりも多くみられるとお話ししましたが、鼻炎や咽頭炎および加齢に伴った唾液の減少や後鼻漏(鼻汁がのどにおりる状態)による咽頭部の違和感や不快感を訴えられる患者さんが多くみられました。以前勤務していた、岡山県北部の地域は秋から冬にかけて気温の低下や、時に積雪もあり、また山が周りに多いことから、花粉症などのアレルギー性鼻炎の患者さんも多くみられましたが、当院に赴任してから、鼻から咽頭喉頭(のど)にかけて、集中的に根治治療をすべき病変や手術治療で取り除くべき疾患が見受けられないにも関わらず、鼻からのどにかけての不快な症状の患者さんと接することが多く感じます。また、ご高齢の患者さんの中には、食物や水分を通常通り摂取できず、誤嚥(食物が梨状窩(食道の入り口、左右にあります)から食道を通って、胃、食道を通過して胃、小腸、大腸へと到達せず、気管、気管支、肺へと気道へ流れ込む状態。)
起こし、糖尿病や悪性新生物、脳梗塞などの基礎疾患を合併している患者さんは、誤嚥性肺炎を引き起こす危険性が高くなると思われます。今回は、私が以前勤務していた病院および当院に赴任してから、診療上で良く見られた、後鼻漏についてお話させていただきます。
① 鼻粘膜の分泌細胞の増殖や機能亢進による
② 鼻粘膜分泌細胞の粘液線毛運動の機能低下による
③ 粘性の強い鼻汁が増加する
④ 後鼻腔から上咽頭の知覚過敏
などが挙げられます。
●後鼻漏の病態構成要素、症状
① 鼻汁の過分泌:鼻汁は鼻粘膜の血管からの組織液の漏出や粘膜上皮細胞である杯細胞と粘膜固有層の鼻腺細胞が産生する分泌粘液から成り立っています。鼻汁は、一部は気化して吸気の加湿に役立てられますが、その殆どは鼻腔の粘液線毛機能によって後鼻孔から咽頭に流れ、嚥下されて消化管へと排泄されます。鼻腔、副鼻腔から分泌される分泌液の量は1日に1~6リットルと言われていますが、前述のとおり、殆ど嚥下されるので一般的に自覚することはあまりない場合もあります。鼻汁分泌増加の機序としては、a.直接的経路であり、鼻腺や血管が刺激を受けることにより、分泌の増加と血管拡張を伴い、血管の透過性が亢進し、血管外への組織液の漏出亢進を惹起すると言われています。もうひとつは、b.知覚神経終末の刺激により分泌が促進されます。鼻粘膜上皮、粘膜固有層の鼻腺、血管には鼻の知覚神経である三叉神経由来の神経線維が豊富に分布されており、機械的刺激や様々なアレルゲン(花粉やハウスダストなど)の刺激により神経線維から神経伝達物質が放出され、その結果血管の拡張、液体成分の血管外漏出が起こり、鼻汁の増加、後鼻漏が増加すると言われています。
② 鼻粘膜の線毛運動の低下と鼻汁性状の変化:鼻副鼻腔粘膜上皮層は粘液で覆われておりその組成が副鼻腔炎などの炎症疾患により、粘性、弾性が増加して、いわゆる『痰や鼻汁の切れが悪くなる。』状態となり、後鼻腔から咽頭へと垂れ下がり、後鼻漏が悪化すると言われています。
③ 鼻粘膜の知覚過敏:後鼻腔から上咽頭の領域には知覚神経が豊富に分布しており、三叉神経(12本ある脳神経の内、5番目の神経)の内、2番目の繊維が上咽頭や軟口蓋に分布しており、舌咽神経(脳神経の9番目の神経)が耳管(鼻腔の奥にあり、鼻と耳をつなぐルートがあり、鼻腔の奥に開いています。気圧の調節を担っています。)周囲や咽頭後壁や口蓋扁桃に分布しています。咽頭粘膜の乾燥による刺激により、これらの神経が刺激され、後鼻漏の症状が増強されやすくなります。これらの現象は加齢による変化に伴って増加することが多いと言われています。組織学的に鼻粘膜上皮の高さは、50歳代まではほぼ一定であるが60歳以上になると上皮が菲薄化すると同時に、上皮内の基底細胞の数が減少すると言われています。また、鼻粘膜の水分蒸散量は加齢に伴って増加する傾向にあり、その結果鼻粘膜の乾燥感の原因ともなる。
④ 慢性の咳嗽:後鼻漏の成分が直接的に起動粘膜に分布する咳受容体を刺激して、咳を誘発すると言われています。
小児の場合、夜間の咳き込みや眠りの浅い状態が続くと、日中の学校生活に支障を来す場合があります。また、成長ホルモンは夜間に深い睡眠時に分泌されるので、睡眠不足になると身体発達にも影響を与えると言われています。ただし、お子さんは鼻汁が多い傾向にあり、特に3歳未満のお子さんは季節を問わず、鼻汁、鼻閉が多く見られますので、お母さん、お父さんには、『夜間の鼻呼吸が苦しいようなら、間隔を詰めて受診をお願いします。』とお話することが多いです。
一方で、高齢者の後鼻漏は、誤嚥性肺炎の危険性があり、更に深刻と思われます。肺炎で入院された60歳以上の患者を対象にした所、夜間の睡眠中に唾液の気管内への流れ込みがあった患者は7割以上に上ったという報告もあります。原因として高齢になると、食べ物を嚥下する反射(嚥下反射)や食べ物が気管内に入り込むのを防ぐ(むせ)反射(咳反射)が弱まり、食べ物や細菌を含む唾液などの分泌物が誤って気管に入ってしまう(誤嚥)が多くなります。
●後鼻漏の原因となる鼻副鼻腔疾患
① 慢性副鼻腔炎;化膿性の副鼻腔炎であり、鼻粘膜から分泌される分泌液の粘度が増加し、後鼻漏症状を引き起こすと言われています。後鼻漏を訴えられる最も多い疾患であり、日本では副鼻腔炎の患者さんの80~84%に後鼻漏が見られ、その28~31%に咳嗽が認められたとの報告があります。鼻汁は鼻粘膜の細胞表面にある線毛運動により前方から後方にかけて流れています。本来なら嚥下運動(飲み込み)の際に、軟口蓋の上昇(食物が鼻腔に逆流しないため、口蓋垂の部分が鼻腔後方に蓋をします)する際に、鼻汁が切断され、鼻腔や咽頭に残った感覚は少ないのですが、副鼻腔炎の場合、鼻汁の粘度が上昇しているため、鼻腔後方や咽頭に残った感覚が続いてしまいます。
② 好酸球性副鼻腔炎:①と異なり、アレルギー性の副鼻腔炎。アレルギー性変化の際に増加する白血球の好酸球が鼻粘膜に多いほど、後鼻漏症状の改善が遅れると言われています。
③ アレルギー性鼻炎:後鼻漏の原因として副鼻腔炎に次いで頻度が高い疾患と言われています。副鼻腔炎に比べて鼻汁の粘度が低いため臨床上問題になることは少ないが、アレルギー性鼻炎の患者が疫学的に増加していることに伴い、後鼻漏との関連が注目されています。鼻汁増加により鼻汁の停滞および鼻腔容積の減少が起こり、鼻腔通気の減少により鼻呼吸が妨げられ、咽頭粘膜の乾燥による知覚異常が起こり、後鼻漏症状が起こると言われています。また、咽頭粘膜自体に好酸球浸潤が起こり、咽頭喉頭アレルギーの存在も考えられています。
④ かぜ症候群:副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎についで多い。副鼻腔炎を併発すれば鼻汁粘度が増加し、繊毛運動の低下も伴い後鼻漏となる。
⑤ 鼻中隔湾曲症、肥厚性鼻炎:鼻粘膜の内、下鼻甲介には中鼻甲介や上鼻甲介と異なり、腺組織が多く、炎症や機械的刺激が加わると後鼻漏の原因になります。また、鼻中隔結節(左右の鼻腔を隔てる軟骨組織を支える、骨組織)を覆う粘膜にも鼻腺組織が多く、機械的刺激やアレルギー性変化に伴って後鼻漏の原因となることもあります。
⑥ 上咽頭炎:鼻咽頭炎とも呼ばれる疾患で、鼻の奥にある上咽頭が炎症を起こす病気です。鼻と喉の境目にあるこの部位に細菌やウイルス、もしくはアレルゲンによる刺激により上咽頭炎が引き起こされます。ここにはアデノイド(咽頭扁桃)と呼ばれるリンパ組織があり、7から8歳を境に徐々に小さくなってくることが多いですが、上咽頭には鼻腔後方と中耳をつなぐ耳管(じかん)の開口部があり、上咽頭に炎症が起こると、鼻汁鼻づまり、咽頭痛や違和感の他に、耳の痛みや難聴、耳の閉塞感といった中耳炎を合併することがあります。
●後鼻漏と加齢性変化
ご高齢になると、鼻粘膜の過敏性亢進や副交感神経が優位になることで、サラサラの鼻汁が多くなる、いわゆる老人性鼻炎になり、後鼻漏の原因になりうる。
●後鼻漏の治療
原因疾患の治療を行います。副鼻腔炎については、マクロライド系抗生物質(クラリスロマイシン)には鼻副鼻腔粘膜の線毛運動活性化作用があり、カルボシステイン(去痰剤)を併用することで繊毛運動活性化が活発化されると言われています。薬物治療で改善がない場合、内視鏡下での鼻副鼻腔手術が必要になる場合があります。ただし、手術を行っても後鼻漏の症状が完全に消失しない場合もしばしばあり、特に鼻副鼻腔粘膜に好酸球が多い場合、手術を行っても後鼻漏は改善しないことが多いとの報告もあります。
アレルギー性鼻炎に対しては、副鼻腔炎ほど後鼻漏は問題にはならないと思われるが、抗アレルギー剤の内、ロイコトリエン受容体拮抗剤(キプレス、オノンなど)が有効との報告があります。
加齢性変化に対しては、症状の軽減は容易ではありませんが、マスクの着用や体を温めて鼻腔咽頭口腔の保湿を行う。また漢方薬の小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ:ツムラ21番)が有効との報告もあります。
また、上咽頭炎に対しては、Bスポット治療といって、塩化亜鉛溶液を浸した綿棒を鼻腔後方に塗布する治療もあります。
当科では患者さんと相談の上、生理食塩水で鼻から副鼻腔にかけて洗浄を行い、通院医療を行っています。
後鼻漏は、特にご高齢の患者さんの場合は根治的治療が困難の場合が多いですが、悪化することで誤嚥の危険性も高くなることから、定期的な経過観察、治療が必要と思われます。鼻からのどにかけての違和感や夜間の咳などがありましたら、内科と同時に耳鼻咽喉科への受診も有効かと思われます。
耳鼻咽喉科の常勤医師が1人であることから、できることは限られていますが、地域の患者さんや先生方、院内の他科の先生方に少しでも貢献できますよう努力いたしますので、何卒よろしくお願いいたします。
出典:JOHNS Vol 32 No 8 2016 p1027-1036
耳鼻咽喉科医長 西田 直樹
※第130号発行時、本誌3頁に一部欠字がありました。お詫び申し上げます。